やっぱり最後には笑っていたい

母と私のこと、私の病気のこと、日常生活のなんてことないことも書いていきます。

母の無理解

前回のブログで母の小さな裏切りを母に話し、母は黙って聞いていた、と書きました。

話が全て終わったあと、母は『ごめんね、これからは気をつける。』と言ってくれたのですが、その翌日(日にちで言うと昨日になりますね)『これからは気をつける。』発言はなんだったんだという言葉を投げかけられました。

あまりに病気に対して無理解で無神経な発言で私は感情がコントロールできなくなり泣き叫んでしまいました。

母は必死になだめて謝っていましたが、謝ってくるのも『どうせまたこれからも繰り返すんでしょ。』と受け入れられませんでした。

今日は少し気持ちも立て直すことができていますが、またどん底まで落ちてしまう日がいつ襲ってくるのだろうかと生きていて恐怖しかありません。


とめどなく流れる涙

月曜日、受診してきました。

相変わらず父から精神的苦痛を受けていること、母ががんになって家族がバラバラになり、誰も母の病気を理解しようとしないこと、そして母からの小さな裏切りの積み重ね…

ここには書ききれないほどのことを主治医に話しました。

もう以前から家族と物理的に距離を置くしかないと言われていますが、私が家族と物理的に距離を置くことに不安がたくさんあり決断できずにいます。

このことを全て母に話しました。

私は小さい頃からずっと家族のことが大好きでした。

自慢の家族でした。

それが今はどうしようもないくらいに大嫌いで、それも悲しいです。

母は黙って私の話を聞いていました。

もう話をして何時間も経つのに涙が止まりません。

私が置かれている現実…こんなに辛いことはありません。

晩ご飯も食べられませんでした。

母のがんをきっかけに死生観が変わり、何があっても生き抜こうと思えるようになったのに、あまりに辛すぎてもう生きることを放棄したいです。

バチが当たった

前回のブログ、あんなこと書いたからバチが当たったんでしょうね。

肺炎とわかり寝込んでいます。

2ヶ月ほど前にも肺炎になっているのに。

永遠に

朝なんて来なくていい。
今夜眠ったら永遠に…それでいい。
家族にそれだけのことをされてるんだから。

イライラ

大事にしてるのと甘やかしてるのは全く違う。

勘違いしないでほしい。

なんでだろうなぁ…

最近調子の悪い日が続いていました。

スマホも全然触ってなかったから文字入力のスピードも鈍りまくりで。

鬱でよく言われるのが『休息を取る』とか『太陽を浴びる』とか『規則正しい生活』とかですけど休息を取る以外はムリです。

そもそも太陽浴びられるくらいなら寝込んでないです(泣)。

休息も家族のいろいろで心底は取れていない気もするし、私いつになったら本当に元気になれるんだろうかと不安を通り越して悲観してしまいます。

幸い、母が元気なことだけが救いです。

朝の幸せなひとコマ

母は食事中に動き回ることができません。

今朝はパンとサラダとフルーツを食べていたのですが、やはり目玉焼きも食べたいと言い私が焼きました。

私、料理は好きなんですが目玉焼きは大の苦手。

プレッシャーのかかる中、無事焼き上げたものを母に出すと、

母『95点!

私『後の5点はなんなんよ(笑)』

母『うーん、わからん!(爆笑)』

目玉焼き100点の道のりは難しいです。